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◆高校時代・同人誌「パルセウス」創刊号 1987.07.20◆


推薦図書


灰谷健次郎著「島へゆく」を初めて読んだのは小学校六年生の時であった。この頃から僕は学校に対する不信感というものが生まれていたのでそれに気付いた(?)母が、僕にこの本を与えてくれた。以後どれだけこの本に救われただろうか。何が正しいのか分からずに苦悩している僕にこの本は何度となく結論を与えてくれた。

「教育の中の絶望と希望」に始まり「希望への橋」でおわるこの本は、かなりたくさんの章にわけられているのでここでそれを紹介するわけにはいかない。このエッセイ集を一言でいうならば、子どもの「生」を追求した作品とでもいえるだろうか。冒頭部を少し書いてみる。

「自立的に生きるという意味においてこんにちほど子どもたちが不幸な状況に置かれている時代もめずらしい。

それは物質的文明とか親の価値観の押しつけによって子どもたちの生きる場がせばめられいてるということを意味する。(中略)救いがないという言葉はこんにちの子どもたちのために用意されたような言葉である。

自らの尊厳がおかされるとき、人間は抵抗する権利を有する。子どもとて例外ではない。もともと保障されなくてはならないはずの抵抗精神が、ひとたび非行というレッテルをはられると、反社会的行為として糾弾され、生きようとする意志を、再起不能にいたるまで痛めつけるというむごい仕打ちにあわなくてはならないのがこんにちの子どもだ。教師のおぞましい管理体質は、非行と抵抗の区別もつかない人間洞察の甘さからくる。(中略)子どもたちのいのちを土足で踏みにじるような行為が教育という営みの中でおこなわれた場合、それは大きな犯罪であるのに罪を犯した教師は罰せられることがない。あの悪名高い日本の医師ですら、誤診によって人命に損害を与えた場合、さまざまなかたちでその償いをしなければならないのに教師にはそれがない。

そこから教師の傲慢が生まれる———」

このように現在の学校教育に対する鋭い考察でこのエッセイ集は、始まる。その後、自分の生い立ち、教師時代のこと、そして自分の書いた本についてと、様々な面から「生」というものを直視している。

この本のなかでどうしてもとりあげておきたい言葉が二つある。

一つは「絶望をくぐらないところにほんとうの優しさはない」という一文である。僕にはそれまで二つの疑問があった。一つは、自分が優しい人間なのかどうかということ、もう一つは世間一般に呼ばれる優しい人間が本当に優しい人間なのかどうかということである。疑問はこの一文で解決した。今の世の中優しい人間なんていないのである。(言いきってしまうのもどうかと思うが…)

ソクラテスの言葉にあてはめるならば、僕は自分が優しくないということを知っている分自分が優しいと思っている人々よりもほんのちょっとだけ優しいのである。

もう一つは「学んだということのたった一つのあかしは変わるということだ」という一文である。「学ぶとは何か」という疑問を自分自身にぶつけた人は多数いるのではないだろうか。その答えの一つのような気がする。これが僕の勉強の目標になった。「学ぶとこは変わること」なのである。僕らは日々変わらなければならない。

本の紹介なのか読書感想文なのかよく分からない文章になってしまった。

高校時代は、この本を子どもの立場から読むことのできる最後の機会だと思う。皆さんにはもちろん、学校教育にかかわるすべての人に読んでもらいたい一冊である。


「島へゆく」 灰谷健次郎著  理論社 九八〇円

(ほかりみのる)




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