第一回:オーストラリア・アボリジニの世界へ
: 掲載コラム(2003.06.17)
新潟で生まれ育った。子供の頃、僕は魚釣りが大好きだった。せせこましい住居や学校や街並みと違って、浜辺や堤防のむこう側には海が水平線のかなたまで広がっていた。まだ小学生だった僕は、魚との駆け引きといった釣りの醍醐味より、むしろ海を前にして世界の広さを、そして自由の何たるかを身体で感じていたのだと思う。もちろん海での遊びには危険がつきものだった。テトラポットで何度も足を滑らせた。防波堤から落ちそうになったこともある。まだ受験や仕事の心配などしないで済んだ子供の頃、この自由で危険な海で、僕は一心不乱に遊んでいた。
「本当にやりたいことだけをやる。」そう自分に言い聞かせている。新潟を飛び出したくて東京の大学に進学。しばらくして、今度は日本にいたくなくなってオーストラリアに渡った。気がつくと、オーストラリアの先住民アボリジニとともに暮らし、彼らの文化と歴史を学んでみたいと真剣に考えるようになっていた。
シドニーから、オーストラリア大陸中北部にある滞在予定のアボリジニ村落まで、片道六〇〇〇キロを下らない。砂漠の道をバイクでひたすら走り続けた。摂氏四〇度近い灼熱の日が続く。人に出会うことはほとんどない。どこを見回しても真平らな大地にただ一人立つと、世界の大部分が空であることに気づかされる。大地は堂々として、巨大な空の重みを全身で受け止めていた。少年時代に経験した、あの自由で危険な感覚がよみがえってくる。中学・高校・大学と人並みに「世間」とつきあわざるをえなかった僕には、こうした開かれた場所に身を置きなおすことが絶対に必要だったのだ。そして、これは僕に限らないのではないか、と思う。
この荒涼とした大地に、アボリジニの人々は狩猟採集生活をしながら五万年以上暮らしてきた。彼らは、世界でもっとも水の乏しいオーストラリア大陸を「生命あふれる豊穣な大地」だと教えてくれる。土地を熟知し、神話界をリアルに生きるアボリジニにとって、そこは文字どおり豊かな大地なのだ。圧倒的に過酷としか思えない環境のなかで、アボリジニの人々は、何万年ものあいだたいした労働もせず(おそらくは労働という発想すらなく)、さっさと食物を確保した後には、儀式や交流をつうじて豊穣な精神世界を培ってきた。広大な大地がもたらす自由と危険を、あたりまえの日常として生きてきた人々。巨大建造物も弓矢も車輪もつくりださなかったオーストラリア先住民は、五万年以上という膨大な時間をかけて、「文明」とは異なる何かを築きあげてきたはずだ。僕は、その「何か」に関心をもっている。
閉塞感ただよう時代状況ではあるが、アボリジニもまた二一世紀の始まりを僕らと共有している。なんと喜ばしいことだろう。「人生なるようにしか、ならない」などと言って、シニカルになっている暇などないのだ。僕はオーストラリアでの体験を通じて、自由で危険な広がりのなかで一心不乱に遊びぬく術を学び知りたいと思っている。
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