第二回:二つのオーストラリア
: 掲載コラム(2003.06.24)
日本を発って約一〇時間、シドニー空港に降り立つと、いつもほっとした気分になる。最初にオーストラリアにやってきたときからそうだ。逆に日本に帰ってきて成田空港に到着すると、なんとなく陰鬱な気分になる。普通は逆だろう、と思うのだが。
断っておくが、僕は日本が別段嫌いなわけではない。旧友がいる、家族がいる、食べ物が美味しい。僕は音楽や映画が大好きなのだが、日本の方がオーストラリアで暮らすよりもはるかに多様な作品に接することができる。そして、なんと言っても日本語が通じる。これは便利だ。英語で暮らしていると忘れているが、帰国して日本語を話しだすと、意識せずとも言葉がつるつると流れ出てくるのを感じる。英語ではこうはいかない。脳みそのどこかにフィルターがあり、それが言葉に負荷をかけているのだ。そういえば、新潟弁と標準語のあいだでも微妙な負荷がかかっているような気もする。
とはいえオーストラリアには、どこかたがが外れてしまったような能天気さを感じることができる。ここは良くも悪しくも、入植者たちが好き放題に新しい国を創り上げていった植民地社会なのだ。先住民アボリジニの伝統の重要性に気づきもしなければ尊重もしなかった白人社会は、一七八八年の入植以来、「無」から文明を築き上げてきた。アボリジニによるゲリラ的な抵抗は、白人に「報復」を正当化しただけだった。絶滅の危機に瀕したアボリジニの人権や先住権が注目されるようになるのは、せいぜい一九六〇年代以降のことである。
先住のアボリジニ文化を暴力的に否定し、そこから分断したところで築き上げられた白人オーストラリア文化は、どこか危うくて脆弱だ。街並みが映画のセットのように偽物っぽい。文明が大地から遊離している。そういえば入植オーストラリア人の大多数は、今でも海岸沿いに暮らしている。この大陸からいつでも逃げ出せるように備えているのだろうか。オーストラリアを代表する観光名所が、シドニーのオペラハウスであるのも肯ける。あの世界的に有名な建築外観は、船の帆をイメージするデザインだ。入植社会は、今だ洋上で不安定に揺れているのだ。
オーストラリアのもう一つの観光名所といえばエアーズロックである。アボリジニの言葉ではウルル。オーストラリア大陸のほぼ中央にある巨大な赤色岩は、この地に暮らすピチャンチャチャラと呼ばれるアボリジニの人々の聖地だ。そこでは「時の始まり」以来の大地と生命の歴史物語が語り継がれている。オーストラリアを旅行する人には、ぜひオペラハウスとエアーズロックの両方を訪れてほしい。そして、浮遊するオペラハウスと不動のウルルの両方を身体で感じ取ってみてはどうだろう。
僕は、この植民地文化がもたらす文明の浮遊感覚と、先住民文化がもたらす大地の不動感覚の両方が好きだ。この分断された二つのオーストラリアのあいだに身を置くと、文明礼讃とも伝統回帰とも異なる新しい道があるように感じるからなのかも知れない。
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