アボリジニの大地




第四回:グリンジの人々を訪ねる : 掲載コラム(2003.07.08)


一九九七年の一月一〇日、僕は、その後長くつきあってゆくことになる、グリンジの人々にはじめて出会った。オーストラリア・アボリジニは、細かく分けると約六〇〇の異なる言語集団からなる。グリンジは、こうしたグループの一つである。昔ならこうした集団単位を「部族」と呼び、例えば「グリンジ族」と呼んだところだが、最近は部族という表現に差別的な意味が込められるのを嫌って使われない傾向にある。別に使ってもいいのだろうが、それなら「日本部族の首長である小泉純一郎」とか「新潟族の親族構造と交易文化圏」とか「ヨーロッパ連合における部族抗争の激化」といった表現も当然採用すべきだろう。いまさら〈進歩史観〉もあるまい。

都市に暮らすアボリジニも多数いるが、大陸中央部や北部のアボリジニの多くは、一九七〇年代以降の法的措置によって、土地権を保有している。土地権をもったアボリジニの村落を訪問するには、あらかじめ許可の申請が必要だ。僕はグリンジの人々が暮らす集落、ダグラグ村の入村許可を得た。「あなたがたの歴史と文化を学びたい。」そんなことを説明し、後は彼らのペースに身をゆだねた。グリンジの人々がまず僕に要求したことは、言語の習得だった。ダグラグ村での標準語は、グリンジ語と英語が交じり合ったクリオール(混成語)だ。老人はグリンジ語とクリオール語を話し、若者はクリオール語と英語を話している。

言葉を必死に学んでいると、しばらくして「ジャバラ」という名前を与えられた。グリンジ社会では、それぞれの固有名とは別に、皆がスキンネームと呼ばれるもう一つの名前をもつ。スキンネームは、男性に八種類、女性に八種類の合計一六種類に限定されている。「ジャバラ」は、こうした名前の一つだ。通常、自分のスキンネームは、両親のスキンネームによって決まる。例えばジャバラはジュラマを父にもち、ナナクが母である。ニマラは僕の姉妹でナニリは僕の妻だ。するとどうなるか。ダグラグ村のすべてのジャバラは僕の兄弟であり、すべてのジュラマは僕の父だ。すべてのナニリは僕の形式的な妻となる。「実際の妻」はナニリの中から選ばれる。

こうして、社会全体が緊密な親族の網の目によって結びつく。興味深いのは、一六種類の名前のあいだで、相互依存的な権利と義務の関係が生まれる点である。例えばジャバラは、ナニリにはいろいろと要求できるが、ナニリの母であるナンガラには、話しかけることすら許されない。男女それぞれ八種類のスキンネームは、世代が変わることで循環するようになっているから、どの人物にも、必ず自分が要求する権利をもつスキンネームの集団があり、逆に自分が命令に従わなければならないスキンネームの集団がある。結果として、どの集団も社会全体に対して絶対的な権威をもつことができない。中央集権的な政治機構をもたずに、社会運営が行なわれる。権力が一ヶ所に集中することがない、このアボリジニ独自の親族‐政治システムは、長いあいだ人類学者の関心を引いてきた。これを国連で採用してみてはどうだろう、と思うのだが。



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