アボリジニの大地




第五回:狩に参加する : 掲載コラム(2003.07.15)

ダグラグ村に暮らし始めてしばらくすると、狩に誘われるようになった。

一九世紀半ば以降、オーストラリア北部では牧場開発が進んだ。白人入植者による初期の殺害をまぬがれたアボリジニも、狩猟採集生活を追われ、半ば強制的に白人が経営する牧場で使役されるようになった。そんな彼らが土地権を獲得し、ふたたび自分たちで社会運営できるようになったのは、一九七〇年代以降である。当然、伝統的な狩猟技術の多くが失われた。今日では、移動には四WD車を、ブーメランや槍の代わりにライフル銃を、魚釣りには(釣竿は使わないが)既製品の釣糸と釣針を使用する。その上、普段は村内の売店で牛肉や野菜を購入しているので、狩猟活動を生業としているわけでもない。とはいえ狩は、今でも老若男女問わず彼らの楽しみである。

まず皆で四WD車に乗り込み、草原やら渓流やらの道なき道を走る。急斜面や岩石地をどんどん進むので、いつ車がひっくり返るかと気が気でない。川渡りは特に不安だ。水深が深いと車体がすこし浮かぶのが分かる。毎年、何台かの車が川渡りに失敗して流されている。車を走らせているとき、老人たちはその土地にまつわる神話物語を歌うことがある。こうやって移動の最中でも、自分たちと土地との霊的な結びつきを強めておく。

突然若者が叫んだ。「ここだ、止まれ!」僕以外の全員が同じ方向をむいて、なにやらあわただしく喋っている。僕には何も見えない。「ほら、あそこにカンガルーがいるだろう?」いや、さっぱり。草木が邪魔して全然見えない。ライフルを持った男が車から降りて静かに数歩前にでる。息を殺してライフルを構える。相変わらず、僕だけが何も見えていない。ズドーン!しばらくして数人の男たちがカンガルーを抱えて帰ってきた。

目的の湖沼に到着すると、まず老人がその土地に歌いかける。「私たちは、何処そこのカントリーの者です。子供たちがお腹をすかせています。どうぞ私たちに魚を与えてください!」すると湖沼は、彼らの声を聞きとり、よそ者や敵でないことが分かると食べ物を分け与えてくれる。フナやカメ、そして体長一メートル以上の巨大ナマズが何匹も釣れる。ライフルを持った男は、周囲を歩いて鳥やゴアナ(オオトカゲ)をしとめてくる。女性たちは木の実や果実を集めることが多い。

獲物は、その場で焼いて食べる。焚火を囲んでの小宴会だ。互いにどうやって獲物をしとめたのかを自慢しあう。食べきれない分は、ダグラグ村にもち帰って親族に配る。信じてもらえないかもしれないが、トカゲやカメや木の実は意外に美味しい。野生の食材は、人工的に育てられた農業食品よりもずっと栄養価が高いという。アボリジニの友人が、「おまえのカントリーでは何を食べるんだい?」と尋ねた。「日本ではサシミといって生魚を食べる。」と答えると、「ウソだろう、信じられない!」という顔をされた。



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