第一一回:砂漠で干上がる(下)
: 掲載コラム(2003.08.26)
目的地まであとどれくらいあるのか、ラジエーターの漏水穴がどのくらいの大きさなのか、見当もつかない。漏水が分かっているラジエーターに非常用の水を使うのはあまりに危険だ。不安だが、とにかく止まって助けを待つことにした。他の車は、コミュニティーに到着できたら助けを呼ぶといって、先に行ってしまった。砂漠のど真ん中なので、まともな木陰すらない。気温は、四〇度を軽く超えている。動き回ってはあっという間にのびてしまう。なるべくじっとして、少しずつ水を飲む。二日間位ならなんとか水がもつだろう。それでも一台も現われなかったら、そのときは遺書を書こう。
まぁ、家族は悲しむだろうが、僕が死んでも経済的に困る人はいない・・・あぁ、でもまだ死にたくないなぁ・・・アボリジニの長老から学んだことをちゃんと世に残すまでは、とにかく死にたくない・・・英語とグリンジ語と日本語とクリオール語がぐちゃぐちゃに書き付けてあるノートを解読できる人なんて、世界広しといえども僕だけじゃないか・・・それにしても暑いな・・・雪山で遭難すると穴を掘って避難するらしいけど、砂漠のばあいどうするんだろう・・・。そんなことを何時間もぼんやりと考えている。何時間も何時間も、ただじっと風景を見つめている・・・いや、どう考えても、あと一日かそこらで先方隊がコミュニティーに到着するはずだ。そしたら、助けが来る。大丈夫だ。これまでも死にそうになったという話はたくさん聞いたが、死んじゃった人の話はめったに聞かない。大丈夫だ、あとでいい思い出話になるさ・・・。
遠くから排気音が聞こえた。ついに助けの車がやってきた。大地は僕を見放してはいなかったのだ。ほうほうの体で目的地に到着すると、すでに到着していたグリンジの人々は、拍手喝采で僕を迎えてくれた。大声で僕の名前を呼び、手に手に握手をしたり、肩をくんだりしてくれる。感動と安堵で涙がぼろぼろでた。
ドッカー・リバーと呼ばれているその砂漠のコミュニティーには、一〇〇〇人を超えるアボリジニの人々が各地から集まっていた。グリンジ社会で経験した儀式とはまったく異なる歌や踊りが次から次へと披露されてゆく。もちろん、成人男性だけ秘密の儀式であり、その様子を撮影することはおろか、メモすることも許されない。すべては、現場にいる者だけが体験し記憶することを許されている。記録に残すことを許さないという、まさにその厳しさによって、アボリジニ文化の深遠さを学ぶ。グリンジの番がやってきた。僕は、はじめて出会った多数のアボリジニ男性たちの鋭い視線を感じながら、さんざん世話になってきたグリンジの長老たちに導かれて、歌と踊りに参加した。
帰りの車の中で、僕は隣に座っていた長老に、「来年は、この砂漠のコミュニティーで暮らしてみようかな」となにげなく言った。すると即座に、「いや、それはよせ」と厳しい口調の返事がかえってきた。慌てて尋ねる。「えっ、どうして?」しばらく沈黙の後、つぶやくような声がした。「ここは遠すぎるよ。おまえにはもっと近くにいてもらいたい。」
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