アボリジニの大地




第一三回:アボリジニとジャパニーズ : 掲載コラム(2003.09.09)


オーストラリア・アボリジニというと、日本人にはどうも身近に感じられないかもしれない。遠くの世界の人々、遠くの世界の文化、そんな印象をもつ人が多いのではないか。しかし、日本人とオーストラリア先住民とのあいだには、一九世紀以来の長いつきあいがある。

一九世紀半ば、オーストラリア北部沿岸地域に真珠貝の好漁場が発見された。現在は真珠の粒が装飾用に売られているが、当時のヨーロッパでは、ボタン産業の原料として真珠貝の貝殻の需要が高かった。だが、潜水具を着て水中で真珠貝を拾い歩く労働はあまりに危険で過酷なため、白人たちはやりたがらなかった。一方当時の日本は、明治維新を迎えていた。鎖国政策が終わり、出稼ぎ移民が可能になると、真珠貝産業で働くために何千人という日本人がオーストラリアに渡った。二〇世紀初頭までには、オーストラリア北部の小さな町ブルームや木曜島に、日本人街ができた。

真珠貝産業では、オーストラリア先住民も多数働いていた。アボリジニと日本人は、共にこの過酷な労働に従事していたのである。町では、アボリジニ女性とのあいだに子供をもうけた日本人男性がいた。アボリジニ女性と結婚し、オーストラリアに定住した人もいる。だが第二次世界大戦がはじまると、日本人は収容所に入れられ、戦後は強制的に帰国させられた。

アボリジニの母のもとで育ち、大人になってから父親が日本人であること知らされたルーシー・ダンは、日本人ジャーナリストの助けを借りて、数年前についに父親との再会を果たした。この物語は「ハート・オブ・ジャーニー」というタイトルのスライド・ドキュメンタリーになって、好評を博しながら各地で上映されている。

アボリジニ社会と日本人との密接な関係は、真珠貝の歴史だけではない。僕たちはオーストラリア産の牛肉(オージー・ビーフ)を食べているが、オーストラリアの牧場開発は、アボリジニの土地を無断で占拠し、初期の虐殺の後は、生き残ったアボリジニを劣悪な労働条件で利用した植民地収奪の上に成り立っている。また世界遺産でもあるカカドゥ国立公園に囲まれた地で計画されているウラン鉱山開発にたいして、現地のアボリジニ社会や環境団体による開発反対運動が続いているが、そこで採掘されるウランの購入を予定しているのは日本の電力会社だ。僕たち日本人は、そうと気づかないうちに、アボリジニの生命の大地を掘り崩そうとしている。

二一世紀を迎えたこのグローバルな時代に、自分とは無関係だと言いきれるほど遠い場所などありはしない。僕たちは、オーストラリア先住民の大地から生命の豊かさを学ぶことができるかもしれないが、その一方で、そんな生命の大地を決定的に破壊してしまうかもしれない。僕たちの現在と未来にとってアボリジニ社会が無縁ではないように、アボリジニ社会の現在と未来にとっても、僕たちは無縁ではないのである。



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