:: Mino's Message ::



以下は、2003年7月の発病から2004年5月に亡くなるまでの間、数百人の友人にむけて、彼が送った7つのメッセージです。日本語と英語で彼が書いたものです。





Sent: August 05, 2003
Subject: This is Mino's sister, Yuki.

最愛なる弟、実のお友達の皆さんへ

私は、実の姉で由紀といいます。ここ数日、英語と日本語で"Message from Mino"というメールが届いたかと思います。メールにもありましたように、弟に頼まれて私が彼のhotmailのアカウントから送信したのですが、一日に送れるメール数と一つのメールで送れるあて先数が限られていたため、時間がかかってしまい、私のアドレスから直接お送りした方も多いかと思います。念のため、このメールにもオリジナルの彼のメッセージを添付するのでご確認ください。メールを送信してから、いくつもの激励のメールを頂き、感謝しています。8/14から25まで、私は渡豪しますので、頂いたメッセージは本人に届けさせていただきます。彼は私の本当に大事な大事な弟であり、この病気に打ち勝って早く回復することを私は強く信じています。

由紀


*** 実のメッセージ ***

皆さん、お元気ですか。オーストラリアから保苅です。このメールは、姉に代筆してもらい、僕が持っているすべてのメールアドレスに一括送付しますので、何年もご連絡していない方にも届くと思いますが、どうかお許しください。

突然ですが、悪性リンパ腫(Lymphoma、リンパ球の癌)との診断を受けました。しばらく治療に専念します。ご迷惑をおかけする方もいらっしゃると思いますが、「癌ならしょうがないな。」とお許しいただければ幸いです。

リンパ腫というのは、癌の中では比較的治療可能なものらしいですが、貴重な時間を癌の勉強などに使いたくないので、具体的なことは医者任せにしています。背痛が悪化して歩行が困難になり、緊急入院、腫瘍が発見されて、緊急手術と一命を取り留める大変な数週間を過ごしましたが、それはそれで有意義で興味深い体験でした。

精神と身体の急速な和解、静かで深い内省、そして、ベッドに横になりながら身体に染み渡るように音楽を聴いていると、今まで経験できなかった生命の厚みを感じます。入院生活は退屈しません。社会的義務の一切から堂々と解放される自由をこんなふうに獲得できるとは、思ってもみませんでした。奇妙といえば奇妙ですが、不思議と充実した毎日を過ごしています。新しい発見の連続です。

とはいえ、このメールを受けとられた方の中には、出版や事務手続きなどで、僕に緊急に連絡を取る必要のある方もいらっしゃると存じます。「癌なんだからほっといてよ。」とわがままばかりも言えません。その際は、下記にご連絡いただければ幸いです。特に、既に提出させていただいた原稿に関しては、できるだけ滞りなく活字になることを希望していますので、前向きにご検討いただけると幸いです。尚、僕が自力で電子メールをチェックできるようになるには、もうしばらくかかりますので、このアドレスに返送されても、すぐのお返事はできません。ごめんなさい。

日本語関係の緊急連絡先(実家)
英語関係の緊急連絡先(姉、由紀)

まぁ、どうなるかわかりませんが、ここ10年本当にやりたいことを生き生きとやってきたので、最悪の場合でもまぁいいやと思っています。10年前にこの診断を受けたら、僕はもう少し狼狽していたかもしれません。とはいえ、しぶとくあと20年くらいは生き延びるつもりでいますので、社会復帰の際にはまたお会いできれば幸いです。そのときまで、皆さんもお体には十分お気をつけて!

保苅 実





Sent: September 1, 2003
Subject: Mino's message 2

親愛なる皆様

弟からの2回目のメッセージを添付しましたのでご覧ください。私は14日に出発したのですが、あの停電に巻き込まれ、空港で5時間待った後に、3時間遅れのLA行きの飛行機でとんだのですが、LAからの乗り継ぎ便に乗り遅れ、LAで一泊し、24時間遅れでオーストラリアに向かいました。10日間ほど弟と過ごしましたが、その間、22日に両親が到着、25日にアデレードからメルボルンに引越し、私自身は27日にアメリカに戻りました。かなりひどい時差ぼけで、その結果、皆様へのご報告が遅れたこと、お詫びします。

弟は元気にしています。副作用もそれほどありませんが、言われていた通りのタイミングで髪が抜け始めました。おそらく、3週間で1サイクルの化学療法の、回復期だったせいかとは思いますが、食欲もあり、私の料理を大変喜んでくれました。たくさんおしゃべりし、たくさん笑って、議論までしましたし、「癌だからいいよ。」と必要なモノを買うのに笑いながら散財しました。

弟は、皆様からの手紙や電話にとても力づけられていますが、電話で長く話すことでかなり疲れるというのは事実です。治療が進むにつれ、おそらくそう頻繁に電話にでることもできなくなるでしょう。どうかご理解くださいませ。また、うまく電話で話せたとしても、どうかできるだけお話は短めにしてください。たくさん食べ、感染症を防ぐために毎日シャワーを浴び、弱った筋肉を鍛えるために歩き回るための体力を温存しなければならないからです。

メルボルンの病院で、担当医とも会いましたが、私達がぶつけた全ての質問に丁寧に答えていただき、大変爽快な後味のするミーティングでした。先生に会っただけで、もう治ってしまったような錯覚が起きたほどです。

9月半ばに私がまた渡豪するまで、両親が弟に付き添います。私達家族は、あまりにも多くの人が彼のことを支えてくれている事実に驚いている次第です。本当にどうもありがとうございます。

姉・由紀


*** 実のメッセージ ***

皆様、オーストラリアから保苅です。再び、姉に代筆を依頼してこのメールを書いています。信じられないくらい大勢の方からお見舞いのメール、カード、お便り、そして激励とご支援をいただき、自分が多くの方々の支えの中で生きていることに深く感動し、そして感謝の気持ちでいっぱいです。本来なら、お一人おひとりにお礼のお便りをつづらなければならないところですが、このような一括メールなることをどうかお赦しください。

このメールが皆様に届く頃には、僕はアデレードの緊急入院先を出て、メルボルンで本格的な化学療法が始まっているはずです。ご存知の方も多いと思いますが、化学療法というのは治療が進めば進むほど副作用で身体が弱っていきます。それがこれから約半年は続きます。とはいえ「癌治療の辛さを経験してわかる人間になること」は、その長さ如何を問わず今後の僕の人生にとって決してマイナスではないと思っています。既に腫瘍摘出手術と放射線療法を経ましたので、癌治療三冠獲得(!)にむけてこれからが正念場です。友人に「おまえはKing Cockroach(ゴキブリの王様)だから大丈夫」と言われました。どんなに殺したくても殺せない、という意味らしいです。僕自身はといえばもう少しロマンチックで、イモムシの自分がまゆに入り、そして蝶になって生まれ変わる、というビジョンを持っています。あるいは、これまで学んできたアボリジニの人々の教えにそって、これを僕の通過儀礼という風にも考えています。儀式は一人では不可能です。皆様からの暖かいメッセージを読みながら、皆さんの応援と支えがあるから自分はまゆに入れるのだと心から実感しました。そしてこれが一方的な関係ではないことを祈るばかりです。まゆの中から、僕も皆様に「何か大切なもの」を、それが目に見えないものであったとしても送り続けるつもりです。人は繋がっているし、世界は繋がっているということを今ほど深く確信したことはないように思います。それだけでも癌になった甲斐(?)があるというものです。

「お見舞いに伺いたい」とおっしゃってくださる方も多数いて、本当に本当に嬉しく存じますが、しばらく感染症が最大の敵となりますので、せっかくのありがたいお申し出をお断りせざるをえない場合もありますこと、あらかじめ心置きください。ゴキブリの生命力をもった蝶が生まれ出たとき、またみなさんと再会できる日を本当に楽しみにしています。それまで、お互いに毎日を大切にして生きてゆきましょう。あらためて皆さまのご支援に感謝しつつ、ご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

保苅実

追伸:発病直前に、デボラ・ローズ著『生命の大地—アボリジニ文化とエコロジー』(平凡社)という本を翻訳出版しました。「アボリジニの研究して何の役にたつの?」と聞かれることがよくあります。一般読者むけの読みやすい本ですので、ご興味ある方ご一読いただければ嬉しく存じます。また、発病直後に、ガッサン・ハージ著『ホワイト・ネイション—ネオ・ナショナリズム批判—』(平凡社)という本も友人と共訳で出版しました。こちらは専門書・研究者向けですが、ナショナリズム論、多文化主義などに関心をお持ちの研究者の皆様、とんでもなく刺激的な本ですので、ぜひ。翻訳印税の一部は高額治療費の足しに使い、残りは日本に帰国した時に飲み食いに使うつもりです(笑)。





Sent: November 15, 2003
Subject: message from minoru hokari

皆さんこんにちは、オーストラリアから保苅です。

今回は姉の代筆ではなく、僕自身のメールアドレスから発信しています。化学療法の44サイクルが終わったあと、検査等でしばらく休息期となり、その間に体力も回復し、本を読んだり外を散歩したりできるようになりました。さて先日主治医とのミーティングがあり、PETスキャン等の最新の検査の結果、僕の癌が寛解をむかえたとの朗報を受けました。これは、とりあえず癌が治ったことを意味します。とはいえ、検査をすり抜けた小さな癌細胞がないという保証がないために、あと2サイクル化学療法を続けることになります。辛いですが、年末まであと6週間、最後の仕上げになりそうです。

あらためて言うのもなんですが、化学療法というのは本当に辛くひどい治療法です。まったく嫌になります。気力体力、ひいては生命力がぎりぎりのところで試されるようです。それだけに皆さんの応援にどれほど助けられてきたか知れません。危機を乗り切るために、生き延びるために、皆さんのご支援を必要としています。あと少しだけ、どうか僕を見守ってください。心から、どうぞよろしくお願いします。この最悪の年を乗り切ったら、また皆さんにお会いする日を楽しみにしています。

勇敢で冷静、そして美しくありたいと感じています。

保苅実





Sent: January 06, 2004
Subject: happy new year from mino hokari

あけましておめでとうございます。

昨年は本当に皆様のご支援に支えられて、この新しい年を生きて迎えることができました。心から御礼申し上げます。

化学療法は最後のサイクルが順調に進んでいます。まだ血液検査は続いていますし、感染症の危険から完全に脱したわけではありませんが、全体としては体力回復のための養生が始まったという感じです。読書や音楽鑑賞は毎日のようにできていますので、決して退屈した日々ではありません(最近は三島由紀夫とフランク・ハーバート、そしてグレン・グールドとチャールズ・ミンガスに凝ってます)。が、映画を見たり喫茶店で本を読んだりするまでにはもうしばらくかかりそうです。一時は10kgも落ちた体重もずいぶん回復してきました。3月には日本に帰国したいと考えていますが、これは体力の回復しだいです。

これから数年は再発の可能性と隣り合わせの生活となりますが、「それがどうした?!」とでも言うしかないですね。本の執筆をはじめ、やりたいことを少しずつはじめてゆきたいと思っています。病から本当に多くのことを学びました。それが今後の人生でどのように生かせるかが、大きな課題であるように感じています。今年もまた、皆さんと学びあえる関係でいれたらどんなにすばらしいかと思います。どうぞ末永くよろしくお願いいたします。

2004年が、われわれ全員と世界にとってよい年でありますように。

保苅実





Sent: March 03, 2004
Subject: message from Minoru Hokari

みなさん、お元気ですか?今回は残念なお知らせです。がんが再発しました。来るなら早いとは言われていたのですが、日本を訪問する暇もなかったことが残念です。まぁ、しょうがない。進行のきわめて速いがんで、なかなか思うようにいきません。状況はさらに厳しくなりましたが、同時に希望もまだまだ十分あるので、とにかく治療を続けます。さらにタフで、笑顔の絶えない自分を目指して精進してゆきます。詩人のようにありたいですね。ひきつづき、みなさんのご支援をいただけるでしょうか。大切なみなさんのおかげで僕がいます。僕とともに大切なみなさんがいます。また、メールします。

メルボルンより ほかりみのる





Sent: March 29, 2004
Subject: message from Minoru Hokari

親愛なるみなさん、

その後、お元気でしょうか。今回は、前回以上に残念なお知らせをしなければなりません。癌の進行が医者も驚くほど速く、化学療法で再寛解を迎えることが絶望的となり、それにともなって骨髄移植の可能性も絶たれました。近代医学の立場に立つと、この時点で、完治の可能性はなくなったことになります。とはいえ、化学療法(近代医学)だけが「治療」ではないですので、延命と鎮痛のための多様な治療を続けながら、これまで以上に質の高い生活をできるだけ長く送りたいと思っています。具体的にはホスピスでの生活になります。また、さらに貴重になった時間と体力を移動で無駄にしないために、今後もオーストラリアで治療をつづけます。おなじ理由からなのですが、生命が危ぶまれるここ数ヶ月のあいだは、お見舞いの方々をお断りするかもしれません。申し訳ありません。

これまでの治療は本当につらいものでしたが、それをくぐりり抜けてきたことで、自分が今までより何倍もタフになった、精神的に成長したように感じています。そして、多くの方が、僕のメールに逆に勇気づけられた、とおっしゃってくださって、とってもうれしく感じています。やはり関係は相互的であったほうがいいじゃないですか。そして、人生に無駄ってないんですよね。入院生活、痛みや苦しみ、身体との深い対話、家族や世界中の友人たちからのサポートなどすべてが、本当にかけがいのない経験になっています。信じてもらえないかもしれないけど、僕ってなんて幸福なんだろう、としょっちゅう感じているんですよ、マジで。ご心配なく、この危機的状況にあっても、僕は、僕らしく生きています。

これが最後のメールではありません。生き延びますので。

感謝の気持ちをこめて、保苅実より





Sent: May 11, 2004
Subject: Message from Minoru Hokari

親愛なる皆様

たくさんの涙を流しつつ、最愛の弟、保苅実が5月10日の午前12時45分に息をひきとったことをお知らせします。彼自身が常に望んだように、本当にぎりぎりまで意識はしっかりとしていました。この9ヶ月間、彼はとても勇敢で、冷静で、前向きであり、私達家族は彼をとても誇りに思っています。水曜日にメルボルンにて簡単なお葬式をした後、お骨と灰をもう一つの故郷である日本に持ち帰り、そこでまたお葬式をすることになります。

彼が亡くなる数日前、弟は私に貴方達へのメッセージを英語に直すことを頼むかもしれないと言いました。そのときには、もう英語に翻訳する体力が残っていなかったからです。が、その後急速に状態が悪くなり、私が彼のラップトップを受け取ることはありませんでした。私達家族は、そのメッセージを貴方達にお送りしようと決めました。彼が前のメールで約束したように、彼はもう一度メッセージを書いたのです。

家族代表として、9ヶ月間の闘病生活の間のあなた方の暖かい支援に心から感謝申し上げます。もっとたくさんお伝えしたいことがあるのですが、今はとてもできそうにありません。またいつか、ご連絡させていただくかもしれません。そのときは、どうぞよろしくお願いします。

姉、由紀


*** 実からの最後のメッセージ ***

みなさん、お元気ですか、保苅です。まだ生きてますよ。以前の病院で、2-3週間で意識がなくなるといわれて、ホスピスに移ったのですが、それから一月以上、体力的にはずいぶん衰えましたが、僕の意識は健在で、いままでと同様のほかりをやっています。何せトイレに行くのも車椅子という状態で、体力はひどく細くなって、訪問者はおろか、電話に出るのもめったにない生活です。声を出すだけで疲労するという感じ。身体が休まるときは静かに瞑想しています。

みなさんにお願いがあります。こういう状況ですので、お電話や訪問のお問い合わせは基本的にすべてお断りしています。単純に体力が持たないのです。でも、これは僕のわがままなのですが、それでも大好きなみなさんといつでもつながっているという感覚がどれほど、僕を安心させているかわかりません。だから、どうか僕とつながっていてください。祈りでもいい、ただ思い出すだけでもいい、会話の中で登場するのでもいい。どうか僕を孤独にしないでください。人とのつながりのなかでいまの僕があり、今の僕が支えられています。それは、体力的にみなさんと会えないとか、電話に出れないということとは全く関係ないのです。孤独のなかで、人とつながる。それがいまの僕を深く支えています。

ところでうれしいお知らせ。何とか本が出版できそうです。お茶の水書房から6-7月に僕の処女作が出版されますので、アボリジニやオーラル・ヒストリーに関心のある方はぜひ手にとってみてください。この末期がん状態でよく作ったものだと思いますが、周囲の友人たちが時間を惜しんで協力してくれたおかげなんです。仮題は『ラディカル・オーラル・ヒストリーーオーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』です。よろしく!英語版も、時間がかかるかもしれませんが必ず出版したいと思っています。

それでは、また何かかけるかもしれません。そのときまで、お互いに一分、一秒を大切に生きていきましょう。

メルボルンより

保苅実。