:: Mino's Oral History ::
ピーター・リードと保苅実 - Side B




リード: このレインボウ・サーペントは、(川はいくつもあるけど)カヤとある程度似た位置付けになる?つまり、スピリチュアル・リアリティとして実在する一方で、必ずしも客観的な現実ではない?

保苅: ええ、そうですね。

リード: そして、グリンジのそのドリーミングなり何なりは主にそのカントリーと結び付いている。同じヘビがこの辺りにもいるかもしれないけど、そのヘビはカントリーと関連があるわけだ。

保苅: でも、僕がヘビのドリーミングを感じた日本でのアボリジニ絵画展には、グリンジの絵画はなかったんですよ。唯、ヘビの絵画があって、それだけでもヘビのドリーミングと結び付けたんです。

リード: それなら必ずしもカントリーに根付いたものではなくて、すべてのレインボウ・サーペントに通じるエッセンスみたいなものだったのかもしれないね。それは直接話しかけるような存在者なのかな?それとも話しかけられるには用心深過ぎるのだろうか?君は話しかけたことがある?長老たちは誰か話していた?それともそんなことをしてはいけないのだろうか?

保苅: 話しかけるって…?

リード: レインボウ・サーペントに、或いは特定の場所で挨拶する時、ドリーミングは話しかけるべき存在者なのかな?大声で呼びかけるとか?

保苅: そうだ、考えてみると、非常に興味深い体験があります。池というか湖というか、レインボウ・サーペントの住む池、湖、沼があって、僕は友人とそこへ…違う違う、僕自身はいなかったんだ、友人が話してくれたんだ。不思議ですね、僕自身が目撃したような気がする。とにかく友人が、白人ですけど、アボリジナルの青年たちと一緒にそこへ行って実験したんです。その池では泳いではいけないのに、泳ぎ始めたんです。でも彼らは怯え切っていて、大声で「僕たちは泳いでいるだけですよ!悪さをするつもりはありません、ただ確かめているだけ、泳いでいるだけですよ!」と叫んでいる。その白人の友人は何らかの理由でそのコミュニティに暮らしていたんですが、断固とした無神論主義者なんです。彼はこのエピソードを、アボリジニの若年層はもうドリーミングを信じなくなっている証拠として捉えた。彼の理解では、レインボウ・サーペントの存在を確かめるために実験していたわけだから。でも僕にとって興味深いのは、彼らが何度も「大丈夫、悪さはしていませんよ!」と叫んで確認している点です。そうした実験をするということは、レインボウ・サーペントを大いに恐れているということでしょう。

リード: その通りだね。君だったらそこで泳ぐ?

保苅: いいえ。

リード: それはレインボウ・サーペントに対する恐怖から、それとも長老たちの意思を尊重するため?その二つを別々に考えることはできる?

保苅: 恐怖ですね。とにかく危険過ぎる。勿論問題は、何も知らなければ、そこに湖があれば泳ぐかもしれないですよね。泳ぐかな?ローカルの人に、レインボウ・サーペントが住んでいるかどうか確かめてからの方が良いなぁ。カカドゥ国立公園のジムジム滝みたいな、誰もが泳いでいるようなところなら泳ぐけど、ひとりで車を走らせていて突然湖が現れたら、泳ぐかな?泳がないかも。泳がないだろうな。水が必要だったら、「こんにちは」と声をかけるかもしれませんね。ところで僕は時々、日本語でカントリーに話しかけるんですよ。その方が僕には話しやすいし、もっとリアルに感じられるから。大抵は彼らも日本語でも解ってくれると思うんです。

リード: 声に出して話しかけるの?

保苅: それも場合によりますね。声に出す時もあれば、心の中でだけの時もある。いずれにしても「レインボウ・サーペントがいたらごめんなさい、知らな かったんです。少しだけ水を貰います」みたいなことを言う。そんな風にします。

リード: それが正しいやり方かもしれないね。

保苅: そうかも知れませんね、念のために声をかけておくというのが。

リード: 君の主な教師たちは誰?

保苅: グリンジ・カントリーでの教師ですか?ジミー・マンガヤリ、彼のこと?

リード: 彼以外の教師は?

保苅: ミック・ランギアリがいます。ミック・ランギアリはウェーブヒル牧場退去の体験者のひとりで、ウェーブヒルについてたくさんの物語を語っ てくれた。それからビリー・バンター。ビリー・バンターは知ってますか?

リード: いや。

保苅: 彼も多くを教えてくれました。この三人が、知識体系の面での主な教師たちです。他に狩り仲間の友人もたくさんいるけど、ずっと若い世代で す。彼らも物語りを語ってくれたけど、主に一緒に狩りをしたりカントリーを駆け回ったりする仲間でした。

リード: 彼らも長老たちと同様に、物語を維持していく義務を感じていた?それとも数人集まると興で物語りを始めるという感じ?

保苅: それは女性の方に多かったというのが僕の印象です。男性はそうでもなかった。(長老たちと)同じかどうかについては、違うと思う。でも( 世代から世代への)継続性とか変化とかについてはあまり深く掘り下げたくないんです、退屈でしょう。でも若い世代も長老たち同様、スピリチュアル な経験について語りますよ。僕と同年代の青年がウェーブヒル牧場を訪れた時、先祖が「我々は大丈夫だ、ここに安眠している。だから我々のことは心配しなくていい」と言った、と話してくれた。

リード: 女性も?

保苅: ええ、恐らく女性もそうでしょう。僕は特に若い女性とは一緒に出かけないようにしていたけど。後で、そんなに心配する必要はなかったことが分か ったけどね。とにかく、女性とはあまり時間を過ごさなかったんです。でも一緒に釣りに行く女性もたくさんいて、彼女たちが先にカントリーに呼びかけて いましたね。「子供たちがお腹を空かせています。どうぞ私たちに魚を与えてください」という風に。女性たちからは(話を聞くより)見て学ぶことが多か ったです。それで僕も時々、カントリーに「僕はこういう問題に直面しているんですが、どう思いますか?」と疑問を投げかけたりします。大抵の場合は答え は返ってこないけど、聞いてみただけでもよかったという気がします。

リード: 答えはあっても目に見えないものなのかもしれない。

保苅: そうですね。最近それが習慣になりつつあります。

リード: 問題は、例えばグリンジ・カントリーの場合ブラック・マウンテンが昔宗教儀式を行う聖地だったと聞くけど、カントリーがスピリチュアルに生きているということは、人々が物語りを語らなくなってしまっても行き続けるのだろうか?例えばキャンベラ周辺のカントリーはどうなのだろう?

保苅: さあ、一体どうなんでしょうね。まだ未確認なのでこの話は書いてないけど取り敢えず話すと、ある時皆が儀式をしているので何の儀式か訊ね ると、葬式だそうです。「誰が亡くなったんですか?」と聞くと、「カントリーのある部分が死んだんだ」と言います。それで彼らは…秘密の儀式なの であまり詳しくは話せないけど、「この儀式の後でカントリーは生き返るんですか?」と聞くと、「いや、このカントリーは永久に死んだ」と言う。そ れでカントリーが死んだ理由を聞いてみると、シドニーから来た混血の女性画家か誰かがその場所を描いたから、だからカントリーが死んだということでした。

リード: 何だって?

保苅: どこかの聖地だそうです。

リード: かなり強烈な話じゃないか?

保苅: ええ、かなり強烈ですね。僕はそれが誰で、どの場所なのかをつきとめようとしたけど、うまくいかなかった。いろいろ聞いて廻ったけど見つけるこ とができなかったので、今でも不思議なんです。もしかしたら僕は彼らの説明を誤解したのかもしれない。でも「死んだのは人ではなくてカントリーで、これ はカントリーのための儀式なんですね?」と何回も確かめたんですよ。「カントリーはいつ生き返るんですか?」と聞くと「永遠に生き返らない」と言われました。

リード: 全く初めて聞く話だ。

保苅: 今まで聞いたことなかった?

リード: ない。君は?

保苅: ないですね、その一回きりです。それは間違いないけど、(カントリーが死んだ)理由は確かじゃないんです。ある男性が、混血の女性画家がアボリジニ男性の聖地を描いた、云々と話してくれたんだけど、コミュニティ・カウンシルに問い合わせてみたら、誰も混血女性が絵を描くためか何かで来たかについては誰も知らない。だから僕もはっきり分からないんです。

リード: まあ、彼らの言う通りだっだとしよう。きっとそうなのだろう。

保苅: 僕に言いたくなかっただけかもしれない。あり得ますよ。いずれにしても、カントリーは死にます。永久に死にます。実際、デビー(ローズ)も同じことを聞いてきました。彼女は今の話に非常に関心を持ちましたね。

リード: そうだろうね。私はデビーにも同じことを聞いた。皆に聞く、なぜならカントリーは君が話したのとは別にもいろいろな形で死に得るから。人々が物語りを歌わなくなったり、単に移動していなくなってしまったり、まだそこに住んでいても知識が失われたり、虐殺されたり、人々はまだいてもその場所がコンクリートに覆われて駐車場になってしまったり。更に、カントリーが死んだと人々が判断しても、カントリーはすぐ死ぬのだろうか、それとも徐々に薄れていくのだろうか?水が洩れるように消えていくのだろうか?カントリーが行き続けるためにはどこまで人間が必要なのだろう。それともカントリーは人間とは何の繋がりもなく独立した存在なのかな。

保苅: これはアボリジニの教えとは関係ないけど、僕の個人的な意見では、カントリーが行き続けるには人間が必要だと思います。でも、そのカントリーを真剣に大事に思う人間なら、誰でもそのカントリーの管理者になれるはずです。管理者という言葉は正しくないかもしれないけど、そのカントリーを維持することができれば、カントリーは生きているんじゃないかな。逆に人間なしではカントリーは行き続けないと思います。カントリーが生きるためには人間が必要でしょう。

リード: 人間が生み出さないといけない?

保苅: え?

リード: 人間がそのカントリーの命を生み出さないといけないということ?

保苅: 人間がエージェントだとは思わないけど。

リード: そう、私は君がそう言っているのかと思った。

保苅: いやいや、違います。

リード: ではどういう意味だったの?

保苅: カントリーは人間を必要としていて、人間はカントリーを必要としているけど、人間がカントリーをコントロールできるわけでもカントリーが人間をコント ロールできるわけでもない。むしろ相互依存関係みたいものです。

リード: つまり共生関係のようなものだということ?

保苅: ええ。でもそうすると海はどうなんでしょう。海は…

リード: …

保苅: そして日本の国土は?僕はあまり日本の国土には執着ないんです、おかしなことに。海外に住んで愛国主義者になって帰国する人もいるけど、僕はその方向 には行きませんね。正直言ってそれがジレンマなんです。カントリーを大事にすることについて多くを学んでいるのに、日本に帰ると母国に対して極めて批判的なんです。

リード: それは政府に対して?

保苅: まだ答えが出てないんです。

リード: なぜこうしていろいろ聞いているかというと、間違った答えはないと思うが、私はこの本の最初から最後まである疑問を提示しているんだ。ブンゲンドー ルとフリン(キャンベラ郊外)の近くにある教会では、イングランド国教会の司祭が集まって悪魔祓いをやっている。サタニスト(悪魔崇拝者)が入り込んで棺桶を掘 り起こして何らかの悪を…「悪霊」といった大袈裟なものではないがそうした悪い雰囲気を植えつけたからだと言う。それで悪魔祓いをしているんだがこれがすごいん だ、十字架を掲げて、吊り香炉を振って、聖水をそこらじゅうに振り撒いて、「神のものにあらざるものはすべて、この教会から去れ!」という感じでね。一方、フリ ンではインド系の人が「プジャ」と呼ばれる儀式をしているそうだ。悪魔祓いに似ているが、精霊を招き入れて「ここに留まりたい精霊は?」と聞く。そして「ここに留 まりたいなら私たちに不幸をもたらさないでください」と言うんだ。だから比較的非暴力的な悪魔祓いだね。こういった儀式が行われているということは何を意味する のだろうか?(オーストラリア国立大学の)ジャッキー・ロウ教授の中国系の家族は、先祖が住んでいたクアラルンプールとシンガポールから先祖の霊をここへ呼び寄せ る儀式をするそうだ。僧に頼んで、先祖の霊を向こうの墓地から呼び出して、ここの寺院に納める儀式をして貰うんだそうだ。

また、私のアボリジナルの友人リッキー・メイナード(タスマニア・アボリジナルの写真家)は、「スピリチュアル」という言葉は一切使わなかったにも拘らず、集合 的なスピリチュアリティを意識してカントリーを巡回した唯一の人物だ。彼には数え切れないほどの親戚がいたから極めて幅広い知識を持っていたし、しかも思い出 そうと思えば6、7世代前まで遡れたから、非常に奥深い知識だった。彼はいわゆる「ウォーカバウト」の一環として、よくケープ・バーレン島に滞在していたね。

更に作曲家のロス・エドワーズは、彼の音楽の一部は共通の「グラウンド・ベース」、つまり人間のあらゆる活動の地盤となる、人間が現れる前からあった何かを象徴するものと捉えている。というわけでスピリチュアリティの役割を巡って様々な見方があって、中には極めて具体的なものもある。例えばこの部屋でも度々、あそこにアボリジナルの産婦が座っているのが見えるという人がいる。私は見たことないし、この先見ることもないだろうと思うが、他の人が見ることができるなら実に興味深いと思う。いつもここにいるのではなくて、このカントリーの中で移動するらしい。言い換えれば、私が言いたいのは、そしてこの談話の大半のポイントはというと、ローカルな真実があって、地域によっていろいろなリアリティが存在するとしよう。私は違う場所に行けばその地域特有のリアリティがあるという考えに概ね同意する。フリンではインド系の人が半日以上かかる複雑な儀式を行い、終わった後も一ヶ月間そのテープを毎日流して、儀式で燃した灰を投げ上げて、後で玄関先に銅製の皿で覆って埋めなければならないとか。それでも効き目がなくて、精霊がつきまとう場合もあるという。そこで、「霊はそこにいるのか?」と同じ質問をされたら私はまず「分からない」と答えるだろう。でも、問うべき質問はそれではない。問題はそれではないんだ。

保苅: その通りですね。問題は…

リード: 問うべき質問は分からないが、霊がそこにいるのかどうかではないことは確かだ。むしろ異なるリアリティが存在すること、存在させれば存在することと関係がある。しかしそういう言い方をすると、本当は実存しないように聞こえるし、それも違う。すべてのリアリティは同じ現象の出現なのだろうか?その家に住んでいるのが他の人だったら、彼らには霊など見えないかもしれない。何も気付かないかもしれないんだ。

保苅: そうですね。

リード: だからといってそれは霊がいないことを意味しない。いる、というのが何を意味するのかは別として。

保苅: 複数の次元を持つリアリティがあるということでしょう。

リード: そうだ、ちょっとニュー・エイジっぽく聞こえるが。ある人が論じた別の考え方にこういうのがある。我々にこのテーブルが見えるのは我々自身が固体だから、つまり同じ原子構造の一部だからで、別の世界か何かからやって来たものはこの空間をすっと通り抜けることができる。ここに何かがあったことなど全く気付かず、宇宙空間を通って行くと。

保苅: その通りですね。

リード: 君はそう思う?面白いアイディアだね。このテーブルが存在するのは我々がその一部だからだ、と。

保苅: 映画「マトリックス」も、理論上は可能ですからね。あの映画見ました?

リード: いや。

保苅: 僕たちが今経験していることはすべて作られたものだという仮定なんです。忘れてしまったけど2050年か2100年の未来で、その時にはコンピュータが人間をコントロールしている。人間のすべての活動はコンピュータのバッテリーのように作用していて、人間は皆そのバッテリーのセルの一つとして、それぞれの毎日の生活を想像しているに過ぎないんです。僕たちの経験は想像されたものなんです。

リード: なるほど、それも一つのアイディアだね。我々にこのリアリティが見えるのはあくまでもそれと同じ分子・原子構造を持つからだ、という理論を受け入れれば、それなら異なるリアリティが存在することも可能だし、他の存在なり何なりが我々に全く気付かずここを通り抜けることも可能だ。また、これらにロジックがあるとすれば、特定の人々にとって特定のリアリティがあることも論理的に考えられる。レインボウ・サーペントについて考える上でも興味深い見方だね。そうした考え方は君の経験、つまりレインボウ・サーペントに敬意を示すにしても、川渡りの時に庇護を求めるにしても、そうしたことに沿っているね。しかし私はここの湖を泳いで渡ることがあったら、カントリーに助けを求めるのには抵抗があるな。

なぜだろう?君は違う意見かもしれないが。ディペッシュはここでマレー川を越える時、バスを降りてガンジス川を越える時のように儀式を行いたくなると言う。他の乗客を見回して、「君たちは一体どうしたんだ、この川に敬意を表しないのか?オーストラリアで最も重要な川じゃないか、川越えの儀式を行うべきだろう?」と思うのだそうだ。

保苅: いい質問ですね。でも彼は行動には移さない?

リード: 勿論、そんなことをしたらバスから放り出されてしまうから、心の中で、精神的な儀式をするそうだ。

保苅: ええ、解ります。僕もオーストラリアに到着した時、シドニー空港やキャンベラ空港で(カントリーに向けて)歌ったり呼びかけたりし始めたのはかなり最近です。

リード: 歌ったり呼びかけたりするの?どんなことを?

保苅: 「こんにちは、カントリー」という感じです。「こんにちは、カントリー、日本からやって来ました。以前にも来たことがあるのを知っているでしょう。戻って来ましたよ」といった挨拶です。アボリジナルの儀式ではないですね。むしろ、例えばあなたは犬に向かって話しかけるでしょう、犬とコミュニケーションするのと同じような感じで、僕はカントリーとコミュニケーションする。

リード: うん、犬は実際には理解できないが。

保苅: そういう感じだけど、僕はカントリーは理解しているものと思っている。必ずしもいつも…そうかな?おかしな話ですが、日本に帰国している友人がいて、オーストラリアに戻って来るべきかどうか考え中なんです。彼女は猫を飼っていて、猫をオーストラリアに連れて来るには大金がかかるので迷っている。それで僕はすぐ、ごく普通に「日本に残りたいかどうか猫に聞いてみたら?」と言った。「猫にどうやって聞くの?」と言うので「ただ聞いてみれば答えてくれるよ、必ず答えるよ」と言ったんだけど、解って貰えなかった。でも、僕の観点からはカントリーにも聞けるし、猫にも聞ける。答えが返ってくる時とこない時とあるけど、聞いてみる価値はあります。

リード: オーストラリアの空港とグリンジ・カントリーとでは違いがありそうだね。グリンジ・カントリーは君が戻って来ると憶えていると言っていたが、オーストラリアも君を憶えている?

保苅: いや、オーストラリアは憶えていないですね。一方では、そこに住んでいたかどうかが重要だと言える。僕はシドニーにもキャンベラにも住んでいた、それが大切なんです。だからカントリーが僕を知っていると納得できる。だからオーストラリアが憶えていてくれるわけじゃない。他方では、訪れたことのないカントリーの上空を飛行機で通過する時、例えばクィーンズランドですね、僕は心の中で「まだ見たことないけど、そのうちお邪魔しますよ」と挨拶する。そういったコミュニケーションをします。でも、不思議なことにアメリカではしない。今初めて気付いたけど、アメリカの姉の所へ遊びに行く時にはしないな。だからアメリカには挨拶していないのに対してオーストラリアではすると言えるけど、オーストラリアという国全体にはしません。

リード: リンダル・ライアン教授にもタスマニアに行く時について同じことを聞いたら「ええ、勿論挨拶します」という答えだった。「カントリーはあなたが挨拶していることを知っている?」と聞くと「さあ、きっと知らないでしょう。知らないと思う。でも私自身にとって、挨拶することが重要なんです」と言っていた。そしてこれはある種の相互関係を示唆している。カントリーが君が挨拶していることを知らなくてもね。君がカントリーが知らないと言ったと言っているんじゃないよ、微妙な違いがある。カントリーは君が挨拶していることを知らなくても、相互関係の上では挨拶することが重要である、と。それは興味深いね。

保苅: ええ、面白いですね。僕は彼女と違って、カントリーは知っていると思う。カントリーが僕を知らなくても、僕の存在に気付く可能性があると感じたら、挨拶します。クィーンズランドとコミュニケーションするのもそういう形です。挨拶すれば、カントリーが僕に気付いてくれると思ったから。でも、なぜかニューヨークのケネディ空港に到着した時は挨拶しない。なぜかと聞かれたら、答えは多分、そのカントリーが僕に気付くと感じなかったから、でしょう。

リード: そう。君もそのカントリーが君を知っているかどうかには関心がないのだろう

保苅: ええ。

リード: でもこのカントリーが君を知っていることは当然重要だろう?どう思う?

保苅: カントリーが僕を知っていることは重要だと言えるけど、同時に、それが重要かどうかはあまり関係ないかもしれない。いずれにしてもカントリーは僕を知っているんです。

リード: なるほどね。それでこれはアボリジナルの人々から君への贈り物なわけだ。アボリジナルの人々から、そしてジミーじいさんから君が授かったもの?

保苅: アボリジナルの人々から?ええ、その通りです。

リード: 君が(アボリジナル社会で)フィールドワークをしていなかったらあり得なかったわけだ。

保苅: え?

リード: 君が(アボリジナル社会で)フィールドワークをしていなかったらあり得なかった。恐らくそうだろう?

保苅: ええ、その通りです。実はあるストーリーが…今話してもいいですか?どこかに記録しておきたいのだけど、公の場で話すべきかどうか不安なので。いいですか?ジミーじいさんが亡くなったのは2001年3月、僕が博士論文を提出してから二ヵ月後のことです。当時、大雨が降ってダグラグ村の住民は皆キャサリンに避難しなければならなかった。まだグリンジの人々とこの二つの事件の関連について話していないので、これはあくまでも僕の個人的な考えで、グリンジの人々の承諾を得たものではないんだけど、僕の論文の提出とジミーじいさんの死と洪水は繋がっていると思います。

リード: 何に繋がっているって?

保苅: 洪水です。洪水とジミーじいさんの死と僕の論文提出はすべて繋がっているんです。

これは僕の夢、僕が見た夢に関するストーリーなんです。デビーの家で留守番をしている時、彼女の寝室に寝ていたんですが…金縛りって解ります?眠っている時突然目が覚めて、意識ははっきりしているんだけど体が動かないんです。英語でなんて言うんだろう。そういう言葉があるのかな?

リード: (何と言うのかは)知らないが、言っている意味は解る。

保苅: その金縛りになって、そうしたら怪物が現れたんです。

リード: 何人か…私の著書の中でも何人か、そうした状態になった時にアボリジナルの幽霊が現れたと話していた。調べておこう。

保苅: その時はそれがアボリジナルかどうかなんて分かりませんでした。とにかくそこに怪物がいて、僕が寝ていたベッドの傍にあった小さな机、何て言うんだっけ、ベッドサイド・テーブル?それを指差すんです。それで怪物は指差しながら、「これがお前の数字だ」って言うんです。

リード: 何を指差して?

保苅: そのテーブルを指差して、「これがお前の数字だ」って言うんです。

リード: 数字だって?ふうん。どんな怪物だった?

保苅: え?

リード: その怪物なり何なりはどんな形をしていた?

保苅: 巨大な影みたいなものでした。

リード: 影?

保苅: 巨大な影です、天井に届くくらい大きな。

リード: アボリジナルかな?

保苅: いや、後からその可能性が出てきたけど、その時はアボリジナルだとは思わなかった。単なる怪物で、「これがお前の数字だ」と言う。それだけでした。翌朝普通に目が覚めて、不思議に思ってすぐテーブルを調べてみたけど、勿論その上に数字なんてなかったから、このテーブルが数字とどう関係あるんだろう、と首を傾げていました。それでシャンタルにこの話をしたら「引き出しが三つある」と指摘されて、「3」という数字がひとつの可能性となった。それでもこの体験の謎は解けないままで、僕は不思議で仕方がなかったんです。そうしたら帰国していた時…僕には人生で三人、本当に信頼できる、尊敬できる、彼らの言葉を真剣に受け入れられる人がいるんだけど、ひとりはジミーじいさん、ひとりは日本にいるこの人で、もうひとりは…まぁ、この物語には出てこない人です。日本にいるこの人は精神療法の専門家でカウンセラーなんですが、カウンセリング方法の一つに「フォーカシング」というのがあって、身体をフォーカスさせて身体と心理を結び付ける方法なんですね。それで僕は、この怪物のことがあまりにも気になるから「フォーカシング」をしてくれるよう頼んだ。それで僕はいくつかのことを発見しました。一つは、怪物は僕のことを怒っているということ。多分「フォーカシング」がどんなものかもっと説明する必要があるだろうから、詳しく知りたかったら聞いてください。とにかく「フォーカシング」の結果解ったのは、怪物が怒っているということ、そして数字は「3」だということ、それも「10中の3」だということ。また、怪物は僕に危害を与えるつもりはないということ。ただ怒っているんです。そうしたら「10中3」の意味は僕の博士論文の評価なのだというイメージが湧いてきました。怪物は僕が良い論文を書いたと自負し過ぎていることを怒っていたんです。意識的なレベルでの自己評価は10中7か8でした。僕は自分の論文を誇りに思っていたし、実際の評価は…

リード: 10中10だった。

保苅: つまり怪物が僕に言っていたのは、「もっと謙虚になれ。お前はアボリジナル文化についてまだ何も解っていない」或いは「ジミーじいさんの教えや他のグリンジの人々の教えをどのくらい真に理解している?評価はたったの3だ!」ということだと思います。「自分の知識やグリンジ・カントリーでの体験について自信過剰になってはいけない」というメッセージなんです。そしてそれを理解した直後に、同じ「フォーカシング」の過程で、ジミーじいさんが現れて僕のことを笑いながら、にこにこして言ったんです。「やっと解ったようだな。解ったな、どういう意味だったか」って。その後イメージは消えてしまったけど、その時点であの怪物はジミーじいさんの一面だったことが解った。同時に、怪物はドリーミングだったとも言えます。怪物か何かで、ジミーじいさんで、更にドリーミングで、更にはアボリジナルの何かだと。

リード: これは博士論文の提出とジミーじいさんの死との間に起きたこと?

保苅: その後です。

リード: ジミーじいさんの死の後?

保苅: ええ。ジミーじいさんが亡くなった直後にある夢を見ました。夢の中で僕は車を運転していて、隣に彼が乗っていた。僕がびっくりして「ああ、ジミーじいさん、亡くなったものと思っていたよ」と言うと、「いやいや、わしはまだここにいる、お前の傍にいる。お前の傍にいる。いつも傍にいるから心配するな」って言うんですよ。だから順序付けると、まずこれが最初に見た夢で、その意味は大体明らかで解りやすいですよね。その次に怪物の夢を見たんだけど、はっきりとは憶えていないけどずっと後で…

リード: 怪物の夢はいつ?

保苅: 怪物の夢はずっとずっと後のことです。数ヶ月、うん、数ヶ月かもしかしたら半年くらい後だったかもしれない。

リード: そう。ということは博士論文はまだ評価されていなかったわけだ。(査読報告を)受け取って論文を見直した前だった?

保苅: ああ、いい質問ですね。デビーが留守だったのがいつだったか調べなければならないな。シャンタルと留守番をしていた時だったのは確かだから。

リード: なるほど。

保苅: 博士論文の評価はまだ…もしかしたらもう出ていたのかもしれない、ちょうど出たばかりだったかもしれない。というのは論文の査読報告があまりにも良く、賞賛的だったから、僕は良い論文を書いたと自信を持ったんだと思うな、うん。これは僕にとってとても大切なストーリーで、いつも僕を後押ししてくれる、僕を謙虚にしてくれる、僕はまだ学び始めたばかりで、まだ何も知らないんだという…

リード: グリンジ・カントリーと繋がりのある、少なくともアボリジニ関連の怪物だということを示唆しているね。とても大きかったって?

保苅: ええ、巨大でした。

リード: 人間の形をしていた、それとも…?

保苅: 人間っぽかったですね、ええ、人間っぽい形でした。動物じゃなかったな。人間の形をしていたけど、天井に届くほどだった。

リード: 黒かった?

保苅: 黒だけど真っ黒じゃなくて、灰色っぽい黒でした。

リード: 顔には見覚えがあった?

保苅: いや、ただあの辺りが顔の部分だということが分かった程度です。腕みたいなものがテーブルを指すのが見えて、「これがお前の数字だ」って言われたんです。

リード: ずっと下まで見えた?

保苅: 何だって?

リード: ずっと下まで見えた?

保苅: (見ようと思えば)見えただろうけど、僕はベッドに横たわっていて、ベッドがここだとすると、それはこういう風に出てきたから…

リード: 確か「夜鬼婆症候群」と呼ばれる現象だ。

保苅: 何て呼ばれるって?

リード: 「夜鬼婆症候群」だ。いくつかそういうストーリーがあって、ウェブサイトを調べてみると、もう何世紀も前から知られている現象なんだ。勿論私はそれがリアルでないと言っているわけじゃないが、そう言う人もいる。

保苅: 何て?

リード: 心理学者の医学的な名称が「夜鬼婆症候群」(睡眠麻痺)なんだ。鬼婆、つまり魔女だ。身体の麻痺を伴う場合が多く、何か恐ろしいことを体験するんだが、心理学者は酸素不足か何かと関係があると言う。

保苅: ふうん。

リード: 深い眠りについている時、レム睡眠中にある時点で酸素不足になった時と関係あるとか、大体そういった筋の説明だった。しかし、二つの説明が共存できない理由は全くない。その夜、君が酸素不足になったことで「夜鬼婆」が現れるちょうど良い機会となったと考えられるだろう。これは別の話だがついでだから話しておこうか、はっきりと意識があった時の話だが。(アボリジナル初の連邦政府部局の責任者だった)チャールズ・パーキンズのレイ(霊的使者)はカラスで、逆に彼にとって縁起の悪い鳥は大白オウムなんだ。私は著書を「カラスと大白オウム」という題にしたかったんだが、出版社が動物学の本か何かと間違われかねないと言って承知しなかった。それはともかく、チャーリーにとってカラスは大事な鳥だった。1988年か1989年に本が出版されると次々とインタビューに呼ばれて、一番最後がABC放送のプルー・ガワードとのインタビューだった。私が著書についての最後のインタビューを終えて出てくると、乗ってきた自転車の前輪の前に死んだカラスが横たわっているじゃないか。まだ温かかった。私は怖くなったよ。チャーリーには言わなかった。縁起が良いとは思えなかったからね。

保苅: ええ。

リード: だから彼には言わなかった。それにしても私は10分くらいしか局内にいなかったことを考えると特に異様な出来事だった。私が出てくると死んでいて、完全に死んでいたもののまだ温かくて、前輪の真ん前に横たわっているんだ。極めて異様だろう。そのことを話したかったんだ。

保苅: 興味深いですね。

リード: その通り。一体何が…何からのメッセージだったのかも何も全く分からない。話を戻すと、怪物はある部分ジミーじいさんで、ある部分ドリーミングだった、という君の解釈はいいね。しかしジミーじいさんは怒りで幽霊になって出てくるような人だった?

保苅: いや、そんな人じゃなかった。

リード: (ある程度)満足していたという印象を受けるが。

保苅: でも、彼のことを思い浮かべると、僕が運転する隣に座って「心配するな、わしはまだここにいる」と言っているイメージと、怪物の意味が解った後でにこにこしながら現れて「やっと解ったようだな。やっと理解できたな。解ったな」と言っているイメージと両方浮かぶんです。

リード: 確かに。

保苅: でも、それならある意味では怪物はジミーじいさんだけど、その怒りは…説明できないけど、怪物の一部はジミーじいさんでもジミーじいさん全体が僕を怒っているんじゃない。それは別なんです。

リード: うん、そうだね、怒りのイメージを創り出すことと、実際に怒っていて危害を加えようとすることは別の概念だ。そうした体験はいつまでも残っているものなのかな、それとも何らかの形で強めなければならないもの?今夜話してくれたことは、グリンジ・カントリーに戻って繋がりを維持しなければならないと思う?それが可能だとしたら?

保苅: ええ、でも正直言って、ジミーじいさんが亡くなってからは以前ほど(グリンジ・カントリーへ行く)意欲がないんです。行ってもジミーじいさんに会えないし、一緒に座って話を聞くこともできないと思うと…。勿論、他にもたくさん…友人がたくさんいるし、彼らの言葉を借りると旅は一生終わらないのだけど、僕の博士論文という章は終わったんです。当然、これからも時々は行きたいし、グリンジ・カントリーは僕にとって大事だ。でも同時に、グリンジ・カントリーが大切なのだろうか、グリンジの人々が大切なのだろうか、それともひとりの人物が大切なのだろうか、と考えることもある。だって僕のグリンジ・カントリーでの体験はすべてジミーじいさんを通じて体験してるんです。時々そういう風に思います。彼は…僕にとって極めて秀でた人物です。ミック・ランギアリも素晴らしい人だし、ビリー・バンターも他の人も皆素晴らしいけど、キャンベラの素晴らしい人たち、あなたや僕の友人たちと同じ程度なんです。

リード: ジミーじいさんは秩序に対する極めて奥深い、そして[健全な]意識を持っていた?

保苅: 大体そういうことでしょうね。だから彼は僕にとって非常に大事な人なんです。僕がカントリーに戻る度に、「ああ、お前のことを考えていたところだ」と言っていました。

リード: この辺りにも彼がいると感じる?

保苅: え?

リード: この辺りでも少しでも彼の存在を感じることがある?

保苅: いつもじゃないけど時々あります、ええ。

リード: (カントリーに)戻るとより強く(彼の存在を)感じる?彼が亡くなってから一、二度行ったんだろう?

保苅: いいえ、行ってません。

リード: 一度も?

保苅: ええ、一度も行ってないんです。

リード: ああ、そうか、君が博士論文を提出してから亡くなったんだったね。

保苅: だから論文の原稿を見せておいたのは絶妙のタイミングだったんです。論文を見せておいて本当にラッキーだった、そうでなかったら一生後悔するところだった。

リード: そうだね。その通りだね、ミノ。

保苅: あなたにお礼を言わなきゃ。論文を持って行って見せるよう強く勧めてくれたのはあなただったから。

リード: (ジミーじいさんは)すごく気に入ってくれたんだろう?

保苅: ええ。

リード: そうだろうね、論文には君に教えた通りのことがたくさん書いてあったんだから。ジミーじいさん自身のカントリーにいる時の方が、彼の存在をより強く感じると思う?

保苅: 行ってみないと分かりませんね、彼のお墓へ。勿論行きます。彼のカントリーにはまだ行ったことがないんですよ、アボリジナルの自治領域内じゃなくて牧場だから。

リード: どの牧場?ウェーブヒル牧場?

保苅: いいえ、リンバニア牧場です。

リード: リンバニア牧場?ああ、そう。

保苅: ええ。いつかリンバニア牧場に連れて行ってくれると言っていたんだけど、ジミーじいさんはあまりにも年寄りだったので僕もあまり押さなかったんです。

リード: 彼はいくつだった?

保苅: 誰も知らないんだけど、ダレル・ルイスやデビーや僕らは皆、90歳を超えていたものと思ってます。

リード: 90歳以上か。それで彼は結局リンバニア牧場には連れて行ってくれなかったんだね。彼はいつも遠いカントリーのことを話していたということ?

保苅: 彼のカントリーね。リンバニア・カントリーやその土地の歴史についていろいろ話してくれたけど、連れて行ってはくれなかった。いつか連れて行ってやる、と言っていたんだけど、とにかく歳だったから。僕もあまり強く押せなかったんですよ、だって途中で彼に何かがあったら、と考えただけでも怖いでしょう。

リード: それで今、時々彼の存在を感じる時は…

保苅: ええ。

リード: ジミーじいさんは君に何か言う?

保苅: 特別の場合、例えば亡くなった直後に現れて「心配するな、わしはまだお前の傍にいる」と言った時や、怪物の夢と「フォーカシング」の時に現れた時は別として、日常生活においてはあまり喋らない。でも時々そこに彼がいると感じることはあります。

リード: 例えば今夜ここにいたとか?

保苅: え?

リード: 今夜ここにはいなかった?彼の存在を全く感じなかった?

保苅: うーん、もしかしたらいたかもしれないな。あり得る。でもどういう風に…今の何て質問でしたっけ?彼がそこに…ここにいるかって聞いたんでしたっけ?

リード: ここに何らかの存在感がある?

保苅: うん、存在感というのは興味深い言葉ですね。ここでも、このリアリティの次元をどう受け止めるべきなのか解らない、つまり彼が物体のように存在するのか、それとも…僕の想像だけじゃないと思うんだけど。うん、存在感というのは良い言葉だなあ。でも、どういう形で存在するのかは解らない。ただ、ジミーじいさんのことを考えたり語ったりすると、僕が彼のことを話しているのを知っているような気がする。僕が彼について語っていることを聞いているような、そんな気がするんです。

リード: どこに埋葬されたの?

保苅: え?

リード: 埋葬されているのはどこ?

保苅: ミスティ・クリークって聞きました。

リード: そう?

保苅: ええ、そういう話でした。そこで葬儀を行ったそうです。

リード: 君は葬儀に出席できなくてさぞ残念だったろう。

保苅: え?

リード: 出席できなくてさぞ残念だったろうね。

保苅: ええ、ええ、その通りです。出席できなかった理由は…そうだ、ビザが切れそうだったんだ。葬儀の準備をしている時はまだビザの有効期間が数週間残っていて、ビザが切れる前に葬儀が行われれば僕は飛ぶ準備があったんだけど、なぜか…きっと洪水が理由だったんだろうな、長い間葬儀を行えなかった。それでビザが切れそうだったので僕は日本へ行かなければならなかった。

リード: 名前の綴りは?

保苅: 彼の名前?ジミー、J‐i‐m‐m‐y、マンガヤリ、M‐a‐n‐g‐a‐y‐a‐r‐r‐iです。

リード: それはどの言語の名前かな。

保苅: 彼はマルギンを自称してたけど、基本的には殆どグリンジですよ。グリンジ・カントリーに住んでいたので、通常はグリンジの教師のひとりとしています。でもマルギンなんです。

リード: 「これは君のカントリーでもある」と言ったことはあった?

保苅: 「これはお前のカントリーだ」とは言いませんでしたね。他の…例えばビリー・バンターは「お前はわしの家族の一員だ。いつでも歓迎する。お前は我々のひとりだ」と言うけど。

リード: でもそれは微妙に違うだろう。「これは君のカントリーだ」というのとは違うね?

保苅: ええ、そうですね。でもビリーがそう言ってくれた時はありがたかったのを憶えています。

リード: 彼らは君がイニシエーション(通過儀礼)を経験すべきだと示唆したり、それに向けた準備をしたりはしなかった?

保苅: 僕の理解では、僕はそうした儀式はすべて経験してるんです、通過儀礼もその他の試練的な儀式も。

リード: そうだったのか。

保苅: でもアボリジナルの少年と同じような通過儀礼はが経験しませんでした。むしろ、既に通過儀礼を済ませた成人として参加したんです。時々僕は「ビジネスマン」と呼ばれる、「ビジネス」をすべて済ませた男、という意味で。「ああ、あの日本から来たジャバラね、(ジャバラというのは僕のスキンネームです)あいつは『ビジネスマン』さ、ビジネスをすべて済ませている」という感じで。人々は僕のことを、ビジネスを経験済みの外人と見なしているんです。でも、アボリジニの少年たちと同じような通過儀礼を経験したかというと違います。

リード: この先経験してみたいと思う?必ずしもそうでもない?

保苅: そうでもないですね。でも彼らがそれを求めたらやりますよ、当然やることを考えます。でも僕の方から彼らに求めることじゃない。

リード: しかも長い間そこに暮らした後でないといけないだろうね。ジミーじいさんは何でも打ち明けられるくらい君を信用していた?君に教えられない秘密も恐らくあったんだろうね?どう思う?

保苅: 意識的に僕に言わないでいたことがあったか?いや、ないと思います。

リード: ないと思う?

保苅: ない気がする。ないと思うな。

リード: そういう意味では[成人扱いだった]?

保苅: そういうことですね。

リード: 言い換えれば、ジミーじいさんは通過儀礼がまだの少年たちには話さないことを君には話したということ?彼らはまだ精神的な準備ができていないから?どう思う?

保苅: まあ、確かに若い世代は年寄りの言うことを聞かない、といつも愚痴を言ってはいましたね…。

END OF TAPE

Special Thanks to Peter Read and Kyoko Uchida